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死亡事故の無責率は負傷事故の十倍

Mさんが亡くなって二年が過ぎた時点で、両親は自賠責保険に対して被害者請求一回、再審査請求を一回おこなったが、いずれも同じ内容の「お支払不能のご通知」という紙切れが返ってくるだけだった。
再審査請求のとき、さまざまな疑問点をまとめ、テレビ放映のビデオや資料を添付したが、それに対する具体的な回答はいっさいなし。「現場にはちゃんと出向いて写真も撮りましたので」というのが、調査内容に関する唯一の回答だった。
母親のYさんは語る。
「でも、事故から一年半以上たった現場へ行って写真を撮り、何がわかるというのでしょう?我が家には娘のバイクやヘルメット、衣類などがすべて保管してあります。そこに、加害者の供述と反するような痕跡がたくさん残っているかもしれないのに、なぜそれらを一度も見ないで、警察の調書だけを鵜呑みにして判断するのでしょうか?加害者はいくらでも自分に都合のいい証言ができます。でも、死んでしまった娘はもう話すことができません。どうしてもっと公平に調査してもらえないのでしょうか。娘はひき逃げされたのです。しかも加害者はお酒を飲んで運転していたというのに」
Aさん夫妻は、これ以上自算会に対して再審査請求をおこなっても無駄だと判断し、訴訟を起こすことを決意した。何度繰り返しても、それをチェックするのは同じ自算会だからだ。
自算会に、Mさんの事故の話を聞くと――。
「個別事案については、おのおのケースも異なりますし、また本件は係争中ですので、コメントは差し控えさせていただきます。ただ、調査結果について納得いただけない場合には、その旨を記していただければ、何度でも調査いたします。どうしても納得いただけない場合には、民事上の最終的な問題解決手段として裁判の中で主張していただくことになります」(自算会・広報課)
しかし、裁判は誰にでも気軽にできるものではない。見積もりを行って自動車保険に加入した時以上の時間と、費用と精神的な苦痛が伴う。多くの被害者や遺族が、不服を抱きながらそれに踏み切れないでいるのが現実だ。
数多くの自動車保険や自動車保険の見積もりについてや損保に関する著書があり、自賠責保険研究の著名人であるS教授は、自賠法と自賠責保険とその見積もりを行う意義についてこう評価する。
「自賠法は、自動車の運転者の責任強化と、強制保険制度の採用という二本柱で、交通事故被害者の経済的救済を達成しました。先進国の中では日本が極めて無過失責任に近いかたちをとったといえるでしょう。このような画期的な制度を生んだ背景としては、自動車という危険物を社会に走らせてそこから利益を得ている以上、運転者は従来の一般的民事責任よりも重い責任を負わされても仕方がない、むしろ負わされて当然だ』との考え方に基づいています。つまり、車で事故を起こした限りは、ほぼ例外なく賠償義務を負わされることになったわけです。自動車保険の見積もりもこういったケースに備えて必要であると言えるでしょう」
こうした考え方から見ると、S教授、自算会の出す「無責」の判断には、やはり問題があると語るのだ。
「白賠責保険はあくまでも被害者救済という立場で処理すべきです。被害者の過失が目に余る場合はともかく、そうでない場合には、〇対一〇〇という判断はできるだけ避けるべきだと思います」
ここに、私が計算した死亡事故と負傷事故の「無責率」の比較をした表がある。自算会の資料によると、九五年度、「無責」の判断で保険金が支払われなかった傷害事政は六六六〇件、死亡事故は七四一件である。これを九五年の交通事故負傷者九二万二六七七人と死者一万六七九人から計算し、「無責」となる割合をそれぞれ出してみた。もちろん、単独で起こす自損事故も多いし、すべての被害者、が自賠責の請求をおこなうわけでもない。請求時期も年がずれる場合があり、正確を期したとはいえないが、それでもおおよその傾向はうかがえる。
すると、驚くべきことがわかった。九五年でいえば、無責率は負傷事故で〇・七二パーセントに対し、死亡事故では六・九パーセント。実に百人のうち七人に保険金がまったく支払われていないわけで、その割合は負傷事故の約十倍に達するのである。そしてその傾向はどの年にもいえるのだ。
交通事故や自動車保険見積もりに関する著者が多いK弁護士は、この結果について厳しく指摘する。
「自算会には被害者救済に対する配慮が欠けているとしか思えません。死亡と負傷でこのような差が出るとは、とんでもないことです。このデータは死亡事故がいかに生き残った加害者だけの証言だけで判断されているかを如実に表しています。死者は反論できないというハンディがあるのだから、たとえ加害者が無責を主張しても、客観的な事故状況を調査し、加害者の過失が疑われるときは有責にすべきです。死亡事故で、第三者の目撃証言などがなく、加害者の証言しか得られない場合は、自算会は被害者の後見的立場に立って考えるべきですよ。そういう自算会自身の意識改革が早急に必要です」
自賠責保険は、本当に被害者救済に役立っているのだろうか。より良い自動車保険の見積もりを行い、公正な賠償が行われるためにも、見直しが必要とされているのかもしれない。